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スウェーデンひつじの詩舎のあゆみ
名誉理事長 佐々木奈々子
ヘムスロイド(手工芸)とシュタイナー哲学との出会い
1980年、スウェーデンに渡った私は帰国するまでの13年間に、予期しないたくさんの体験と感動をいただきました。その間、1986年に文化出版局からささやかな「ウォルドルフ人形の本」を出しました。
それから35年の時を経て、その本が今なお細々とですが皆さんの元へお届けできているのは奇跡のようです。
この本の背景にある、二つの貴重な体験について少しお話しさせてください。
そのひとつは、ヘムスロイド(手工芸)の豊かな美しい手仕事の活動に触れたこと、
もうひとつはカーリン・ノイシュツさんの導きで、シュタイナー共同体の自由への教育という理念の存在を知ったこと。
ヘムスロイド協会は、各地の手工芸の作品とその作り手、買い手を結ぶ100年以上もの歴史ある活動母体です。(※)
各地のヘムスロイドのワークショップでは実に様々な手仕事を習うことができました。日本では経験のなかった様々な手仕事、中でも、ひつじの毛に触れてあれこれ作っていく作業は楽しいものでした。
ある染色のワークショップで、石苔で染めた赤茶色とインディゴの青い毛糸の素朴なセーターを着た小さな人形と出会いました。その30cmほどの人形は手に取ると、暖かな明かりが心に灯ったような懐かしい気持ちになりました。
※因みにイギリスのウィリアム・モリスのアーツ・アンド・クラフツ運動、ドイツ圏のシュタイナーの教育活動、スウェーデンのヘムスロイド協会設立、日本の民藝運動などが少しずつ時をずらして、ほとんど同時期に起きています。産業革命による機械文明からの、手による美しいものの復権を、期せずして人々は望んだのでしょうか。
その時から人形作りの毎日が始まり、とうとう、人形の本を書かれたカーリン・ノイシュツさんに出会うことに。
カーリンさんにある日、ヤーナのルドルフ・シュタイナー哲学を基にした活動の共同体を案内していただきました。教育には芸術が基になければならない、というシュタイナーのことばを、実際の現場に身を置いて、感じる事ができました。また、快く著書の「人形の本」の翻訳も許してくださいました。その本にはシュタイナー教育で育たれ、後に教育学、社会学などを修められたカーリンさんの確かな子どもへの理解が実例をもってみることができます。
(カーリンさんの人形の本は文化出版局の意向で主に作り方部分が「ウォルドルフ人形の本」として佐々木訳で出ました。後にその全容が「おもちゃが育てる空想の翼」として学陽書房から、寺田隆生さん訳で出ています。世界10か国語に訳されています。)
人形について
子どもは周囲のものに影響されやすい特質を持っています。また、人形は子どもの「もうひとりの私」でもあります。
子どもが嬉しい時、寂しい時、甘えたい時、お世話をしたい時、その時々の気持ちを受け入れ、心の拠り所となる人形がいてくれるのは、素敵ではないでしょうか。大人の私たちにとっても!
ウォルドルフ人形を作る時、少しだけ約束事があります。例えば、顔の目、口は小さく点のように刺繍して、特定の表情を持たないようにすると、子どものどんな気持ちも写すことができ、心を通わせることができます。体は、くたっとした元気のない姿にならないように、骨格を意識して、羊毛をしっかりつめて、姿勢やバランスの良い健やかな形にします。材料は肌にやさしくなじむ天然自然の布や羊毛綿であれば、ほころんでも繕うことができ、洗っても形がくずれないので、子どもにとって安心です。また、大人としては、子どもに対するのと同じように人形に接する配慮が必要です。子どもたちが見ていなくてもね!
そして日本へ。広がる輪と手仕事の世界
「ウォルドルフ人形の本」は日本の皆さんに受け入れていただきました。こうして、それまでの私の羊毛への愛着と子どもたちへの傾倒と人形がひとつにつながりました。人形作りを教えて欲しい、材料が欲しいとの要望をいただき、スウェーデンひつじの詩舎が誕生しました。たくさんのことを教わったスウェーデン、ひつじから始まった手仕事の世界、そのままの社名です。
日本でもたくさんの出会いをいただきました。
日本のシュタイナー幼児教育講座を率いて来られた高橋弘子先生、保育に携わる方々、わかりやすく幼児教育の実践を著された「7歳までは夢の中」(※)の松井るり子さん、そして全国の「ぱたぽん」と呼んでいるウォルドルフ人形と羊毛の手仕事の伝え手たち、人形に理解あるおもちゃ屋さん、本屋さん、そして子どもたちのために人形作りをされる保護者の方々です。
※松井るり子著「七歳までは夢の中」(学陽書房)は、幸せな幼児期を過ごすために私たちができることが、シュタイナー幼稚園での体験から語られていて、未知の素晴らしい世界に目を開かせてくれます。
接した皆さんが私に子どもの世界を開いてくださいました。子どもたちを理解する手立ては、ひとつには自分の中のもう一人の自分、子どもだった時の自分、を思い起こすこと。あの日、初めて出会ったのに懐かしい気持ちになった、あの人形は、自分のなかの幼い自分だった、のかもしれません。嘗て小さかった自分自身の素の感性を思い起こすのは、人形作りの場合も大切なことだと思います。
ヘムスロイドで得た楽しみはウォルドルフ人形の中に全て生きてきます。人々の暮らしと手仕事や芸術を重ね合わす、この考え方はヘムスロイドもシュタイナー教育の中でも大切にされています。
おかげさまで、たくさんの方々のお手元から、シンプルで暖かく、そしてそれぞれにユニークなウォルドルフ人形や羊毛の作品が誕生してきました。
人形を作る手、それを慈しむ手、手と手をとおして心がつながる喜びを分かち合うために、又、ひつじからのおくりものの世界をご一緒するために、これからも スウェーデンひつじの詩舎 は誠実な良い材料と創る楽しさをお届けしていきたいと願っています。
スウェーデンひつじの詩舎 名誉理事長 佐々木奈々子
(弊社創業35周年を記念してクレヨンハウスへ寄せた文章転載)
【創業者・現名誉理事長 佐々木奈々子Profile】
日本で染色を学んだ後、 1980年から 13年間スウェーデンに暮らし、羊毛の手仕事を習得。 手工芸の盛んなスウェーデン滞在中に羊毛や綿などの天然素材で作るウォルドルフ人形に出会い 魅せられて、初めて日本にウォルドルフ人形を紹介し、その人形を中心に羊毛の手仕事を伝えている。 スウェーデンひつじの詩舎を設立。 訳書に「ウォルドルフ人形の本」「ウォルドルフの動物たち」 著書に「ウォルドルフ人形と小さな仲間たち」「ウォルドル フの手仕事・心を育む人形たち」 (いずれも文化出版局刊)がある。